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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)777号 判決

被告 同栄信用金庫

理由

一、本件土地建物が原告の所有であり、右物件について被告のため原告主張の本件各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

よつて右各登記がなされるに至つた経過について検討する。

《証拠》を総合すると、

被告新宿支店の職員で得意先係を担当していた訴外土村時右衛門は、昭和四〇年一二月末頃得意先から訴外加藤由紀を紹介され、右加藤は原告から税金・金融関係を任されていると称して、「原告は預金もするから必要なときには原告に融資してほしい。」といつていた。そして、右土村は昭和四一年一月中頃右加藤から預金をするからという連絡を受けて、右加藤方に赴いたところ、加藤から原告名義での融資の申入れを受け、その場で借受人原告、連帯保証人原告の妻トラ名義の金四五〇万円の借入申込書(乙第八号証)を加藤に作成させ(土村が代筆)、これを被告金庫の新宿支店に持帰つた。そこで、右土村の上司である訴外有倉暎は加藤を呼び寄せさらに事情を聴取した上本部の許可を得た後土村を同道して同年二月初め加藤方に赴き加藤にその旨を告げた。加藤は同年二月一五日原告夫婦の実印、本件土地・建物の権利証等抵当権設定に必要な書類等を持参し、被告新宿支店において(イ)原告と被告との間の手形貸付、証書貸付等の取引に関する約定を定めトラを連帯保証とする同日付約定書(乙第一三号証の一)、(ロ)原告が右約定に基き現在および将来負担すべき債務を担保するため本件土地・建物に被告を権利者として極度額金四五〇万円の根抵当権を設定することを被告に対し約する旨の同日付根抵当権設定契約書(乙第一四号証)、(ハ)原告が被告主張の約定で金四五〇万円を借受けた旨の借用証書(乙第一五号証)を作成して被告金庫新宿支店に差出し、被告金庫新宿支店は、原告名義の定期預金として金一五〇万円を、普通預金として金二〇〇万余円をそれぞれ新たに設けた原告名義の口座に振替え貸出を実行した。右加藤は、普通預金より直ちに金二〇〇万円の払戻を受けて本件土地・建物に設定登記されていた先順位の抵当権を消滅せしめた上司法書士山本高市に委任し、本件土地・建物につき被告のため原告名義をもつて本件各登記手続をなした。

しかしながら、右の権利証は、さきに、原告が加藤の斡旋で購入した本件土地上に本件建物を建築した後加藤に委任して昭和四〇年一二月頃なした土地所有権移転登記建物所有権保存登記の登記済証であつて、加藤はこれを原告に引渡さないで保管していたものであり、また、原告名義の前記借入申込書、約定書、根抵当権設定契約書、借用証書および本件各登記申請委任状(乙第三号証)に押捺された原告の印鑑も前述の登記手続のため原告から預かつていたものであつて、前記のように、金四五〇万円を原告名義をもつて借受け、本件土地・建物に根抵当権を設定することおよび、これに必要とする各書類を作成するについては原告夫婦は全く関知していなかつた。

以上のとおり認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。証人土村時右衛門同有倉暎の証言中被告金庫新宿支店の職員が原告に対し本件融資につき本部の許可があつた旨を告げたところ、一切を加藤に委任していると述べた旨の部分は容易に措信できない。

二、してみれば、本件各登記の登記原因たる根抵当権設定契約停止条件付賃借権設定契約は訴外加藤由紀において権限なく原告名義をもつてしたものであり、登記申請手続も右加藤において原告名義を冒用して作成せられた原告名義委任状によつてなされたものというべきところ、被告は、右各契約は被告において右加藤に原告を代理する権限ありと信じてなしたものであり、右のごとく信ずるについては正当の事由があるという。

よつて、この点について判断する。

訴外加藤由紀が被告金庫新宿支店職員土村に対し原告の税金・金融関係のことは一切任されていると称しており、前記融資を受けるに当たり、本件土地・建物の権利証および原告夫婦の実印・印鑑証明書を持参していたのであるから、右加藤において原告を代理して融資を受け、これが担保として本件土地・建物に根抵当権を設定する権限があるものと被告職員が信じていたものと推認すべきものの如くである。

しかしながら、《証拠》を総合すると、

訴外加藤由紀は、原告所有の共同住宅に居住する女性であり、前述のとおり昭和四〇年一二月末被告の職員土村が得意先から紹介されてはじめて被告金庫と交渉をもつようになつたものであるところ、被告金庫は何を職業としているかをはつきり知らない右加藤から、原告は職人で何もわからないから税金とか金融のことは自分が全部任されていると告げられただけでそれ以上の関係は何も知らないまま昭和四一年一月中頃右加藤から原告名義で借入申込を受け、融資を決定していること、しかも、右加藤の居室と原告宅とは接着しており、居室から階段を下りればすぐ原告宅の台所であることを知つている被告の職員が、右融資および担保提供について原告の意向を直接きくことをしなかつたこと、そして、その頃、右加藤の紹介で原告の妻が加入していた定期積金は右土村が毎月集金に赴き積立が満了しているのに、同じ頃加藤が原告名義で加入した定期積金および本件融資による返済金が殆んど入金がないに拘らず、加藤に入金を催促していただけで、同人の所在が不明になつた後昭和四

年になつて原告が抗議するまで、原告およびその家族に対し全く入金の請求をしていないこと。

以上の事実が認められるのであつて(証人有倉暎、同土村時右衛門の各証言中右認定に反する部分は措信しない)、右の事情を参酌すれば、被告の職員が加藤由紀に代理権ありと信じていたというのは極めて疑わしいのみならず、仮りに代理権ありと信じていたとしても、本人の実印並びに権利証・印鑑証明書を持参しているというだけで委任状をもつていない右加藤と原告との関係を調査もせず極めて容易にできる筈の直接本人に問い合わせもしないで、原告が金融を必要とし、加藤に代理権を与えたと信ずるという如きは信用金庫の職員としては軽卒至極であり重大な過失あるものというべく正当の事由あるものとはいえないから、原告において右加藤の行為について責に任ずべきいわれはない。

三、しからば、本件各登記は有効な登記原因を欠き、かつ、原告の関知するところなくしてなされたものというべきであるから、これが抹消を求める原告の本訴請求はすべて理由があり、正当として認容

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